はじめに
半側空間無視は、脳血管障害や外傷性脳損傷などの後遺症としてしばしば認められる高次脳機能障害の一つです。この障害では、身体や空間の片側(多くは左側)に対して注意が向かなくなることが特徴であり、患者はその側の物体や身体部位を「見落とす」「存在しないように感じる」といった症状を示します。
結果として、食事中に皿の片側の食べ物を残したり、更衣動作で左腕に袖を通し忘れるなど、日常生活動作(ADL)に大きな支障を来すことがあります。そのため、左側への注意の再喚起・視覚探索範囲の拡大・体幹正中意識の改善を目指した訓練が非常に重要です。
今回紹介する【無料ダウンロード】プリントは、半側空間無視を対象とした「外周なぞり課題 その⑤」です。紙面に薄く描かれたシンプルなイラストの外周を、ペンまたは指でなぞることで、自然に左側空間への探索と注意を促します。臨床場面だけでなく、家庭での自主トレーニングとしても取り組みやすい構成となっています。
※本プリントは医療行為を目的としたものではありません。使用に際しては、体調や症状に応じて無理のない範囲で行ってください。
内容と目的|外周をなぞることで「気づく力」を高める
■ 課題の概要
このプリントでは、紙面上に薄く描かれた大きめの簡単なイラスト(例:花・動物・日用品など)を使用します。対象者は、イラストの外周を右から左に向かってゆっくりとペンでなぞる、あるいは指先でなぞる動作を行います。
この単純なように見える動作の中には、半側空間無視の改善につながる複数の目的が含まれています。
- 左側空間への注意喚起
- 視覚探索の拡大
- 体幹と視線の協調運動の促進
- 持続的注意(集中力)の向上
特に、右利きの方の場合は右側への偏りが強くなる傾向があります。
右から左へゆっくりとペンを動かすことで、意識的に左空間へ注意を移す訓練効果が期待できます。
■ リハビリの目的
- 左側空間への注意誘導
半側空間無視では、左側の刺激に対して注意が向かなくなることが多く見られます。
本課題では、右から左に線を引く動作を繰り返すことで、自然に左側へ注意を誘導します。
- 視覚探索範囲の拡大
線をなぞる際に視線を動かす必要があり、結果として眼球運動の訓練にもなります。
これにより、左側への視覚探索範囲を広げる効果が期待されます。
- 手指運動と視線の協調
ペンまたは指を動かしながら視線で線を追うため、視覚と運動の協調性を高めるトレーニングにもなります。
- 体幹正中意識の改善
右側への注意偏倚が強い場合、身体の向きが右へ傾くこともあります。
外周なぞり課題を通じて、体の中心を再認識し、左右のバランスを整える効果も期待されます。
- 集中力と遂行力の向上
線を途切れずになぞるためには、一定の集中力と持続的な注意が必要です。
この過程を繰り返すことで、遂行機能面の安定にも寄与します。
運動方法と活用方法|臨床・在宅どちらでも行える実践的トレーニング
■ 基本的な実施手順
- 姿勢の準備
机と椅子の高さを調整し、体が紙の正面にくるように座ります。
片側への傾きが見られる場合は、体幹の正中線を意識して調整しましょう。
- 課題の提示
「このイラストの外側を、右から左へゆっくりなぞってみましょう」と声かけを行います。
最初はペンではなく指で行っても構いません。感覚的に形をなぞることが大切です。
- 実施フェーズ
– ペンを持つ場合:筆圧は軽く、線が途切れないように意識します。
– 指で行う場合:線の形を感じながら、滑らかに動かすようにします。
– 目線は常にペン(または指)の動きに合わせ、左方向へ自然に動かすことを意識します。
- 反復練習
1つのプリントを2~3回なぞることで、徐々に左側への探索範囲を広げていきます。
慣れてきたら、イラストの種類を変えて難易度を上げるのも効果的です。
■ 臨床現場での活用
- 作業療法(OT)での応用
机上課題として短時間で実施できるため、半側空間無視の評価・介入どちらにも活用可能です。
なぞる際の視線の動き・頭部の向き・手の動作のバランスを観察し、改善傾向を記録します。
- 理学療法(PT)での応用
座位姿勢で課題に取り組むことで、体幹バランスと認知課題を組み合わせた訓練が可能です。
また、体幹回旋や前傾姿勢のコントロール訓練としても応用できます。
- 言語療法(ST)での応用
なぞる動作を言語化させることで、注意喚起と発話促進を同時に行うことができます。
例:「今どこをなぞっているか」「次はどこへ向かうか」を言葉にすることで、注意の再構成を促します。
■ 在宅での自主トレーニング
本プリントは、在宅でも簡単に取り組めるようにデザインされています。
ペン操作が難しい場合は指でなぞるだけでも十分な効果があります。
家族や介護者がサポートする際は、以下の点に注意して声かけを行うと効果的です。
- 「左の方も少し見てみようか」
- 「線がどこまで続いているかな?」
- 「もう一度ゆっくりなぞってみよう」
このような穏やかな誘導的声かけによって、左側への注意を促すことができます。
また、照明の配置にも注意し、明るさが均一になるように調整しましょう。
注意点と安全への配慮|指導・自主練習時の留意点
- 疲労や集中低下に注意
短時間の実施を基本とし、5〜10分を目安に行います。疲労や注意の低下が見られた場合はすぐに中止します。
- 姿勢の崩れへの対応
右傾きや頭部の回旋が強い場合は、体の正中意識を促すために姿勢修正を行います。
- 安全な環境で実施
転倒や不安定な座位を避けるため、安定した環境で行うことが大切です。
- 視覚障害への配慮
コントラストが低く見づらい場合は、線を濃く印刷するか、明るい照明下で行いましょう。
- 心理的負担を避ける
誤りを指摘するのではなく、「よく見えてきましたね」「もう少し左も確認してみましょう」と前向きなフィードバックを行います。
まとめ|“なぞる”ことで広がる左側への気づき
この【無料ダウンロード】外周なぞりリハビリプリントは、半側空間無視に対する視覚探索・注意喚起訓練として臨床・在宅どちらでも活用できる汎用性の高い教材です。
- 外周をなぞることで左側空間への注意を自然に誘導
- Eye-Hand Coordinationの改善と視覚探索範囲の拡大を促進
- 簡便ながら、体幹正中意識や遂行力の改善にも寄与
継続的に行うことで、「気づく」「見る」「追う」といった左側空間への再認識が高まり、日常生活動作の向上につながります。臨床現場でのリハビリ指導だけでなく、在宅での自主トレーニングにもぜひご活用ください。

