はじめに
脳血管障害後の高次脳機能障害の中でも、半側空間無視(Unilateral Spatial Neglect)は非常に頻度が高く、日常生活に大きな影響を及ぼす症状のひとつです。食事の際にお皿の片側の食べ物を残してしまう、服を片側しか着られない、机上課題で片側の文字を見落とす――これらは典型的な半側空間無視の症状として知られています。
今回紹介する【無料ダウンロード】プリントは、半側空間無視のある方を対象とした線なぞり型の空間認知・注意訓練教材その③です。イラスト内には「うねうね」とした曲線が描かれており、その間に線を引きながら右から左へと進めていく構成になっています。ペンを持つことが難しい方は、指先でなぞるだけでも構いません。
このシンプルな課題の中に、空間的注意・運動方向性・視覚探索能力を改善する要素が含まれています。臨床現場はもちろん、在宅での自主トレーニングにも最適なプリント教材です。
※本プリントは医療行為を目的としたものではありません。使用に際しては、体調や症状に応じて無理のない範囲で行ってください。
内容と目的|空間的注意と左側探索を促す線なぞり課題
■ 課題の概要
このプリントは、右から左へ線を引きながら、波状のラインの間を進む線追従型の訓練です。課題の目的は単に「線をなぞること」ではなく、左側への注意を誘導し、空間的認知バランスを回復させることにあります。
半側空間無視のある方は、右半球損傷により左空間への注意が低下しやすく、行動や視線が右側に偏る傾向があります。このプリントでは、スタート位置をあえて右側に設定し、線を左方向へ進めていく構成とすることで、自然に左空間への探索行動を促します。
また、うねうねとした線の形状により、単調になりやすい「線なぞり課題」に変化と注意の持続性を加えています。曲線の間隔や角度がランダムに変化することで、視覚的注意と運動制御の両方を刺激するよう設計されています。
■ リハビリ目的
- 空間認知機能の改善
左側への注意誘導を目的とした構成で、空間内の広がりを認識しやすくします。繰り返し行うことで、無意識的に左空間へも視線を向ける習慣づけを促します。
- 視覚探索と持続的注意の強化
線の曲がりや角度に合わせて目と手を協調させる過程で、持続的注意を維持する練習となります。
- 上肢運動と巧緻動作の活性化
ペン操作や指なぞりを通じて、上肢の動作範囲拡大・巧緻性の向上が期待されます。特に左上肢の使用促進にも有効です。
- 遂行機能と動作計画能力の支援
曲線を正確にたどるためには、「手順を立てる」「修正する」といった遂行機能の働きが求められます。課題を通じて、動作計画と自己修正力を鍛えます。
運動方法と活用方法|臨床・在宅での実践的な使い方
■ 基本的な実施手順
- 準備
プリントを机の中央またはやや左側に配置します。
対象者の身体の正中線と用紙の中心が一致するように調整しましょう。
- 課題説明
「この線の間を、はみ出さないように右から左へなぞっていきましょう」と声をかけます。
ペンが持てない場合は、指先でゆっくりなぞるだけでも構いません。
- 実施フェーズ
右端の“スタート”位置からペンを進め、波線の間を左方向へと進めていきます。
線が曲がるたびに速度を落とし、正確に線の中央を保つ意識を持ってもらいましょう。
- 終了とフィードバック
ゴールに到達したら、左右どちらの部分で線からはみ出しやすかったかを確認します。
「左に寄ると見落としやすい」「右は安定している」など、自己認識を高めるフィードバックを行うと効果的です。
■ 臨床現場での活用方法
- 作業療法(OT)での使用
机上課題として導入しやすく、短時間でも効果が得られます。
半側空間無視や注意障害をもつ患者の初期評価・経過観察にも有用です。
トレース精度や所要時間の変化を定期的に記録することで、改善傾向の可視化が可能です。
- 多職種連携でのアプローチ
言語聴覚士(ST)が視覚的注意訓練の一環として併用したり、理学療法士(PT)が座位保持や体幹アライメント調整と組み合わせることもできます。
■ 在宅での自主トレーニングとして
在宅リハビリでは、家族の見守りのもと、安全な環境で実施します。ペンの握力が弱い場合は、クレヨンや太めのペンを使用すると操作が安定します。
また、指先で線をなぞるだけでも効果があります。身体的制限のある方には、視線だけで線を追う“アイ・トレーニング”として活用する方法もあります。
家族が「あと少しでゴール」「うまく進めてるね」と声をかけることで、成功体験を積み重ねながら注意機能を回復できます。
注意点と安全への配慮|指導・自主練習時の留意点
- 疲労・集中力の低下に注意
半側空間無視のある方は、短時間でも精神的疲労が大きくなりがちです。
1回あたり5〜10分を目安にし、集中が切れたら休憩を取りましょう。
- 姿勢・環境の調整
机の高さや椅子の位置を整え、身体が左右どちらかに傾かないよう配慮します。
特に左側の空間が遮られないよう、左側に十分な余白を確保することが重要です。
- フィードバックの工夫
「左側の線に気づけましたね」「右は安定しています」など、肯定的な言葉で振り返りを行うとモチベーションを維持できます。
- 安全配慮
視覚疲労や集中低下時は即時中止します。ペンを使用する場合は、滑り止め付きの筆記具を選び、転倒・転落防止に十分注意してください。
まとめ|左側への注意を促す実践的なプリント教材
この【無料ダウンロード】線なぞり課題プリントは、半側空間無視や注意障害をもつ方の空間認知改善に効果的な教材です。
- 右から左への動作で、自然に左空間への注意を誘導
- 曲線構造により、集中力と視覚探索能力を強化
- ペンや指を使って簡単に取り組めるため、臨床・在宅の両方で活用可能
繰り返し行うことで、左側への視覚的注意の回復、上肢動作の協調性向上、ADLへの汎化が期待されます。
ぜひ、臨床現場や在宅でのリハビリ、自主トレーニングにご活用ください。

